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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5642号 判決 1976年4月28日

昭和四〇年(ワ)第二二七五号事件原告

昭和四六年(ワ)第九二八七号事件原告

昭和四五年(ワ)第五六四二号参加事件参加被告

昭和四五年(ワ)第七三二一号事件被告

(以下「原告」という。)

甲野花子<仮名>

右訴訟代理人

甲野一郎

<仮名>

昭和四〇年(ワ)第二二七五号事件被告

昭和四五年(ワ)第五六四二号事件参加被告

(以下「被告」という。)

田村幸太郎

昭和四六年(ワ)第九二八七号事件被告

(以下「被告」という。)

田村幸四

右被告両名訴訟代理人

福島等

外一名

昭和四五年(ワ)第五六四二号事件参加原告

昭和四五年(ワ)第七三二一号事件原告

(以下「参加人」という。)

松本寿美子

右訴訟代理人

西島勝彦

主文

1  昭和四〇年(ワ)第二二七五号事件につき、原告の被告田村幸太郎に対する請求を棄却する。

2  昭和四六年(ワ)第九二八七号事件につき原告の被告田村幸四に対する請求を棄却する。

3  昭和四五年(ワ)第五六四二号事件につき、参加人の原告及び被告田村幸太郎に対する請求をいずれも棄却する。

4  昭和四五年(ワ)第七三二一号事件につき、参加人の原告に対する請求を棄却する。

5  訴訟費用中、原告と被告両名との間に生じた分はいずれも原告の、参加人と原告及び被告幸太郎との間に生じた分はいずれも参加人の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

一、原告

1  昭和四〇年(ワ)第二二七五号事件につき

被告田村幸太郎は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去して同第一物件目録記載(一)の土地のうち別紙図面表示の斜線部分203.96平方メートル(六一坪七合)を明渡せ。

2  昭和四六年(ワ)第九二八七号事件につき

被告田村幸四は、原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を退去して同第一物件目録記載(一)の土地のうち別紙図面表示の斜線部分203.96平方メートル(六一坪七合)を明渡せ。

3  昭和四五年(ワ)第五六四二号事件につき

主文3と同旨

4  昭和四五年ワ第七三二一号事件につき

主文4と同旨

5  訴訟費用は、被告両名及び参加人の負担とする。

6  1、2につき仮執行の宣言

二、被告田村幸太郎

1  昭和四〇年(ワ)第二二七五号事件につき

(一) 主文1と同旨

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

三、被告田村幸四

1  昭和四六年(ワ)第九二八七号事件につき

(一) 主文2と同旨

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

四、参加人

1  昭和四五年(ワ)第五六四二号事件につき

(一) 参加人と原告との間において、別紙第一物件目録記載(一)の土地が参加人の所有であることを確認する。

(二) 原告は、参加人に対し、右(一)の土地につきなされた東京法務局北出張所昭和二三年八月二一日受付第八二四八号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

(三) 参加人と被告田村幸太郎との間において、同被告が別紙第一物件目録記載(一)の土地のうち別紙図面表示の斜線部分203.96平方メートルに対する賃貸借契約に基づく賃料として参加人に対し、昭和四五年八月一三日以降毎月末日かぎり一か月につき金五三九〇円の支払義務があることを確認する。

2  昭和四五年第七三二一号事件につき

(一) 参加人と原告との間において、別紙第一物件目録記載(二)の土地が参加人の所有であることを確認する。

(二) 原告は、参加人に対し、右(二)の土地につきなされた東京法務局北出張所昭和二三年八月二一日受付第八二四八号所有権移転の抹消登記手続をせよ。

(三) 原告は、参加人に対し、金五四四万一六〇〇円及びこれに対する昭和四五年九月一〇日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、原告及び被告田村幸太郎の負担とする。

4  2(三)につき仮執行の宣言

第二  当事者の主張<以下省略>

理由

一本件各土地がもと松本伝二の所有であつたこと、同人が昭和一九年八月二四日死亡したため養子である松本一仁が家督相続をしてその所有権を取得したこと、同二三年六月九日、親権者である参加人が一仁の代理人となつて本件各土地につき家督相続を原因とすろ所有権移転登記手続をし、また、同日本件各土地中(二)、(三)の土地(当時一筆)につき、同年八月五日(一)の土地につき参加人が法定代理人となつてそれぞれ一仁から訴外田中長太郎に対し売買を原因とする所有権移転登記手続がなされたこと、さらに、同三年八月三一日、原告に対し、田中長太郎からの同月一七日付売買を原因とする所有権移転登記手続が経由されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二本件において、原告は、被告両名に対しては右登記原因たる売買契約により本件各土地の所有権を取得したものとして本件(一)の土地の一部である本件借地部分の明渡を求め、また、参加人の本件(一)ないし(三)に対する所有権確認等請求に対しても、同旨の主張を抗弁として提出するところ、被告両名と参加人とはいずれも右売買契約の存在を争うので、まず、右原告の主張の当否から判断を加える。

1  一に説示した争いのない事実と<証拠>を総合すれば、参加人の夫松本伝二と参加人との間には子がなかつたところから、伝二の死亡の日(昭和一九年八月二四日)の直前、同八月一五日に伝二の実姉(松本光五郎と妻きちとの間の子)ヒサと越部武左衛門との間の五男である松本一仁(当時満四歳一一か月)と伝二夫婦との間で養子縁組がなされたこと、一仁は右縁組後も実母ヒサや祖父光五郎の後添えで伝二やヒサの継母にあたる松本きよと住み、参加人から養育を受けることはなかつたこと、参加人は、昭和二〇年に入つてから婚家を出て暮していたが一仁を養育していた松本きよ及び伝二やヒサの従兄弟にあたり、きよから依頼を受けて伝二の遺産である不動産(本件各土地を含む。)を管理していた越部権十郎らは、参加人が一仁の相続不動産を他に処分することをおそれて昭和二二年四月ないし五月初め頃、松本きよが申請人となり参加人を相手方としていわゆる親権停止の仮処分を申請した(東京民事地方裁判所昭和二二年(ワ)第五四六号)ところから、参加人は、同月中旬、かつて勤務していた王子区役所職員の紹介で原告の夫弁護士甲野一郎(本件原告訴訟代理人)にその対処方を相談し、甲野弁護士がこれを受任したことから、同弁護士と参加人とが面識をもつようになつたこと、その直後同年六月九日、前説示のように本件各土地につき参加人が代理して一仁のため家督相続による所有権移転登記がなされ、また同日受付をもつて本件各土地中(二)、(三)の土地(当時一筆)につき、また同年八月五日には(一)の土地につき訴外田中長太郎に対して売買を原因とする所有権移転登記がなされたこと、参加人が右のように田中に所有権移転登記手続をするに至つたのは、参加人ないし所有名義人となつた一仁から真実田中に対して本件各土地が売渡されたからではなく、第三者の示唆により本件各土地を終局的には自分の財産として確保する目的で、すでに他に処分されたように装うためであり、従つて、参加人と田中との間には売却代金の取決めも授受もなく、田中が所有名義人となつて、いわば土地を預るためであつたこと、きよが申請した仮処分申請事件は裁判所の容れるところとならず、その後、申請の却下又は取下げにより終了したこと、また、<証拠>によれば、原告に対する所有権移転登記の原因証書となつた不動産売渡証(甲第一号証)の田中長太郎の署名、同人名義の印影(署名下及び契印)は、田中の自署であり、また同人によつて押捺されたものであること、<証拠>によれば、原告の夫である甲野弁護士は、前記仮処分申請事件を受任しただけでその後参加人との関係がなくなつたわけではなく、昭和二三年八月頃、当時参加人が同棲していた上井恒夫とその本妻上井かねとの離婚事件について、参加人から相談を受けたことがあつたこと、甲野弁護士は、同年八月一七日に王子にあつた東京司法事務局王子出張所で本件各土地につき田中からの所有権移転登記手続を受けることを予定していたが、当日出頭する都合がつかなかつたため、当時同居していた妹美代子をして参加人方に断わりに行かせた事実のあること、同月三一日(前示本件各土地の原告に対する所有権移転登記手続の日)には、右美代子が所要の書類等を預り、右登記所に赴いて参加人と出合い、登記を了するとともに、その午後原告宅で参加人に対し、二万六〇〇〇円の金銭が支払われ、これに対して参加人から原告あての領収証(甲第一四号証)が差入れられたこと、また同日、登記手数料として三五〇〇円が支払われたこと、同年九月七日には原告が登記済証(甲第一号証)を入手し、これと引換えに六万五五〇円が支払われていることがそれぞれ認められ、<証拠>中この認定に牴触する部分は措信しがたく、他にこの認定を左右するに足りる特段の証拠はない。

右認定の事実関係によつて考えてみると、原告の夫甲野弁護士が仮処分申請事件を受任した時期と家督相続登記ないし田中に対する所有権移転登記の時期は極めて接着していることが認められるから、この事実と右認定の田中に対して所有権移転登記がなされた経緯に照らすと、本件各土地になされた一仁に対する家督相続を原因とする登記及び田中に対する所有名義の移転の登記はいずれも同弁護士の示唆によつてなされたものであり、同弁護士は、その後一年を経た昭和二三年八月に参加人(同人の契約上の地位はひとまず措く。)との間で、原告の名義で本件各土地を買受けるべく原告の代理人として話合いをし、本件各土地を買受けたものと認めるのが相当である。なお、甲野弁護士が、右売買契約締結の交渉以前にすでに本件各土地の存在とその権利関係とを知つていたことは、同弁護士が証人(第一、二回)として終始、売買に際しては参加人から本件各土地の案内を受けて現地をみただけで、登記簿により権利関係を調査しなかつた旨を供述し、また、一仁から田中に対し登記名義が変更された際の登記済証も確認しなかつた旨を供述していることからも推認しうるところである。

2  そこで、原告に対する売主いかんにつきさらに考えるに、前認定の事実関係によれば、田中長太郎は、参加人に懇請されて登記名義人となつたにすぎないものであり、右田中と参加人との間には本件各土地の所有権を田中に移転する意思は存しなかつたことが明らかであるが、さらに<証拠>によれば、原告が本件各土地を買受ける交渉の途次、甲野弁護士は一度も田中に会つたことがなく、田中は登記原因証書である売渡証書(甲第一号証)の署名押印をしただけで、積極的に売買契約に関与することがなかつたこと(この認定に牴触する<証拠>は措信しがたい。)に徴すれば、田中は、登記名義人となつていたところから、原告にその名義を移す必要上、登記手続に協力したにとどまり、実質上の売主の地位にあつたものではないと認めるのが相当である。従つて、原告の所有権取得原因に関する主張のうち、田中から買受けたものであるとする主張は採用できない。

3  よつて、原告に対する売主と当時の所有者につきさらに検討する。この点に関連し、参加人はその請求原因において、また被告両名は、原告の請求原因に対する否認の理由として、本件各土地につき伝二から一仁に対する所有権移転登記がなされた際、参加人が一仁の法定代理人として本件各土地を自分に贈与する旨の契約を成立させたことにより贈与を受けた旨主張しているところ、本件においては、右の点を証するに足りる書面が作成されているわけではないが、前認定のとおり、参加人は松本きよから一仁に対する親権停止の仮処分を申請されたことから、本件各土地を自己の財産として確保する目的で懇意な田中に対して所有権移転登記をしたものであつて、一仁自身の財産を確保する目的でなされたものでなかつたことに徴すれば、右の田中に対する移転登記手続をしたことは同時に本件各土地の所有権を無償で自己に取得しこれを自己の支配下に収めることにしたことの徴表とみることができるから、一仁の法定代理人である参加人はその法律的手段として、その際自分に対する贈与の意思表示をしみずからこれを承諾して贈与を成立させたものと認めるのが相当である。

従つて、参加人としては、原告との間で売買契約をした当時は、本件土地は自己の物であるとの意識のもとにこれを原告に売渡したものと推認すべく、この事実から参加人がみずから売主として本件各土地を原告に売渡したものと認めるべきである。

しかるところ、右贈与契約は参加人及び被告両名の自認するとおり民法一〇八条所定の自己契約に該当するものであるのみならず、民法八二六条所定の利益相反行為に該当するから、無権代理行為であり、当時参加人はいまだ本件各土地の所有権を取得していなかつたことが明らかである。してみれば、参加人は原告に対して無権利者でありながら本件各土地を売渡したことになるが、しかしながら、参加人は同時に一仁の法定代理人として本件各土地を他に処分する代理権を有していたのである。従つて、かような場合には、本人である一仁の追認をまたずして、右処分行為は効力を生じたものと解するのが相当である。のみならず、一仁がその後成人に達した昭和三四年八月一八日に、そうでないとしても昭和四五年五月末頃、参加人の自己契約による贈与行為を追認したことは、参加人及び被告両名の自認するところであるから、いずれにしても本件買受行為は他に特段の抗弁のないかぎり有効に効力を生じたものといわなければなない。

三そこですすんで、参加人及び被告両名の弁護士法二八条違反の主張(参加人の仮定的再抗弁、被告両名の仮定抗弁)について判断する。

1  さきに認定した事実関係に加えて、<証拠>を総合すれば、参加人と原告との間に締結された本件各土地の売買契約の締結及びこれに至るまでの代金額決定等の交渉は、所有権移転登記手続がなされた日に甲野弁護士の妹である右下島が同弁護士の使者として登記所に赴くなどをして売買契約に関与したほかは、その全般にわたつて甲野弁護士が原告の代理人としてこれにあたつたものであること、その代金その他の費用も甲野弁護士が出捐したものであること、従つて、買主及び所有権移転登記の名義人を同居の妻である原告の名義とし、甲野弁護士自身はその代理人の形式で売買契約を成立させたのは、原告の希望あつてのことであるが、むしろ甲野弁護士自身の意思が強く働いた結果であることが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右売買契約における買主が原告となつていて所有権移転登記もまた原告名義でなされており、原告や夫である甲野弁護士もまた妻の名で取得する意思であつたというからには、原告が本件各土地の所有権を取得すべき地位にあることはこれを認めざるをえないけれども、しかしながら、右認定の事情のもとで弁護士法二八条の適用を論ずるにあたつては、甲野弁護士の行為は代理人としてのそれであるとして形式的に捉えるのは相当ではなく、同弁護士自身がこれを買受けた場合と同一に評価して妨げないものというべきである。

2  ところで、同条は、弁護士が事件に介入して利益を挙げることにより、その職務の公正と品位が害せられ、また事件に介入することによつて濫訴の傾向を助長するに至ることを未然に防止するために設けられた規定であると解すべきところ、同条所定の係争権利の意義については必ずしもその見解が一致しないが、同条が弁護士法七七条と相まつて刑罰法規の構成要件を定める規定となつていることに徴すれば、これを広く紛争一般にまで拡げることは適当でなく、紛争が事件として具体化し、現に裁判所に係属中のものであることを必要とするものと解するのが相当である。しかしながら、他面、裁判所による紛争の解決方法は必ずしも一義的に訴訟に限られるわけではなく、当該紛争の解決に適切な手段がとられるべきものであることにかんがみれば、裁判所にその権利に関する事件が係属中であるかぎり、その形態が訴の形式をとつていることは必要ではなく、それが紛争解決の手段として裁判所に申立てられ、現に係属していれば足りるものと解するのが相当である。

3 右の見地に立つて本件を検討するに、さきに認定したところによれば、甲野弁護士は、昭和二二年五月中旬、訴外松本きよを申請人とし、参加人を被申請人として申立てられた親権停止の仮処分につき参加人の依頼を受けてその代理人となりこれに関与したこと、右仮処分の申請の目的は、参加人が本件各土地等伝二の遺産で一仁が家督相続をした財産を一仁の親権者である参加人が自由に処分することを防ぐことにあつたのであり、現にその申請後、本件各土地の登認名義人が伝二から一仁に、また一仁からさらに田中に変更されたのが、甲野弁護士の示唆によるものであつたことも前説示のとおりであるから、かような事案もまた、原告による本件各土地の買受けが右処分申請事件またはその本案たる事件の係属中になされたと認められるならば、弁護士法二八条にいう係争中の権利の譲渡受けというを妨げないと解するのが相当である。しかるところ、右仮処分申請がその後取下げまたは却下に終つたものであることは前認定のとおりであるが、本件の全証拠を精査しても、甲野弁護士が右仮処分申請事件を受任後一年三か月後を経た後になされた参加人と原告との売買契約成立のころになお右事件が係属していたことを認めるに足りる証拠がない。

もつとも<証拠>によれば、参加人に対しては、昭和二三年になつてから改めて、右仮処分申請事件の本案ともいうべき参加人を相手方とする親権喪失宣告申立事件(東京家事審判所同年(家)第六七七〇号)が松本きよの申立によつて係属し、同年一一月二九日親権喪失を宣告する旨の審判がなされ、同年一二月一三日確定した事実が認められるが、売買契約成立の当時、右事件がすでに係属していたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて、<証拠>の記載文言と本件口頭弁論の全趣旨によれば、右事件が東京家事審判所に係属した時期は、参加人と原告との間の売買が完了した後のことであると推認され、また<証拠>によれば、甲野弁護士は、右事件については参加人から相談を受けたり受注をしたことがなく右事件の係属を知らなかつたことが認められる(この認定に牴触する<証拠>は曖昧であつて措信しがたい。)から、これまた裁判所に対する事件の係属中に原告による買受けがなされたと認めるに足りないのである。

以上によれば、甲野弁護士のなした行為は、叙上の事実関係全般からみて、弁護士として非難を受ける余地のない行為であるとは言いがたいけれども、いまだこれにつき弁護士法二八条を適用すべき場合であるとは解しがたいから、被告両名及び参加人のこの点に関する抗弁は採用できない。

四以上説示したところによれば、本件各土地の所有権は、原告に有効に帰属したものというべきであるから、これらの土地が参加人の所有に属することを前提とする参加人の原告に対する各請求(昭和四五年(ワ)第五六四二号、同年(ワ)第七三二一号事件)、被告田村幸太郎に対する請求(昭和四五年(ワ)第五六四二号事件)は、その余の判断を加えるまでもなく、いずれも理由のないことが明らかである。

五そこで、原告の被告らに対する請求(昭和四〇年(ワ)第二二七五号、同四六年(ワ)第九二八七号事件)についてさらに判断を進める。

1  被告田村幸太郎が本件(一)の土地中本件借地部分に本件建物を所有して、右土地を占有していること、被告田村幸四が本件建物に居住して右土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

2  被告両名は、右土地は被告田村幸太郎が、昭和二年頃、亡松本伝二の父松本光五郎から賃借したものである旨主張するところ、<証拠>を総合すれば、右土地は、昭和二年に右松本光五郎が被告幸四の兄訴外田村幸三郎に賃貸し、幸三郎がその地上に本件建物を建築し、これに居住していたが、昭和三、四年頃幸三郎が死亡したため、被告幸四の長兄被告幸太郎が本件建物の所有権と借地権を承継し、そのころから被告幸四が居住して今日に至つたことを認めることができ、この認定に反する証拠はない。

もつとも、本訴において、原告は、被告幸太郎の借地権の存在を争うものであるところ、右借地権が登記されていることの主張、立証はなく、本件建物についても原告が買受けた当時権利の登記の記載がなかつたこと<証拠>の登記簿における表示の登記も、昭和三五年の不動産登記法の改正後のものであることは、同法の規定に照らして明らかである。)は被告両名の自認するところである。この点について、被告両名は、本件建物については昭和八、九年頃所有権保存登記がなされていたのであり、昭和三五年の不動産登記簿の一元化作業の際に逸脱されたものと主張するが、被告幸四の供述には右主張と喰違う点があり、<証拠>をもつてしてもなお、被告両名主張の事実があつたことの心証を惹くに足りず、他に被告両名主張の事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

3  そこで、次に被告両名主張の信義則違反、権利濫用の抗弁について判断する。

<証拠>によれば、原告の夫甲野弁護士は売買契約を締結する以前に買受けの目的たる本件各土地をみて廻つたところ、土地上に建物が存在するところから、当然に借地権者があることを予想し、右借地権の存在することを前提として本件各土地を買受けたこと、<証拠>によれば、右買受後、同弁護士は、建物の居住者である被告幸四やその隣りの建物の所有者である小泉利喜蔵に対して所有者となつたことを明らかにしたが、小泉が建物所有者として、また被告幸太郎の弟である被告幸四が所有者の意思を体し居住者として、その地代が戦前のまま据えおかれて低廉にすぎるところから改めてこれを定めてくれるよう交渉したのに対して言を左右にして明確な態度を示さなかつたこと、昭和三八年九月には、甲野側と小泉、被告両名側の話合いにより測量費を関係者が分担することとして右小泉や被告幸太郎の借地部分を測量したこともあつたが、その後も甲野弁護士の態度は右と同様であつたこと、原告が被告両名に対して本訴を提起して土地の明渡を求めるに至つたのは、原告が本件各土地を取得してしばらく後、夫の甲野弁護士が被告幸四宅を訪れた際、同被告の娘の応待の仕方が悪くて同弁護士が侮辱的な扱いを受けたと感じたところから、そのことが尾を引いていたためであること、従つて、そのような態度を示さなかつた小泉に対しては、同弁護士も原告のため土地の明渡を求めるつもりはないこと、被告幸四方では右のトラブルがあつたところから、そのころ被告幸四夫婦が原告方に詫びを述べに行つたことがあること、以上の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。また、原告方で本件借地部分を使用しなければならない緊急の必要性を認めるに足りる証拠もない。

そこで、右に認定した事実関係とさきに前項三及び本項2で説示した事実関係とを総合し、また原告の訴訟代理人である甲野弁護士は原告の夫であつて、被告両名に対する本訴請求を追行するについては、原告自身の意向もさることながら、右訴訟代理人自身の意向もまた重要な要素を占めていると推認するに難くないことを併わせ考えるならば、本訴請求は、借地権の存在を知りつつ借地となつている土地を買受けた者と同視すべきものが、借地人においてこれを対抗すべき権原を有しないことを奇貨とし、更地となることにより得る結果的利益は別として、主として自己の受けた不快な感情を癒すために、新地主として前地主以来の借地人に対して土地の明渡を求めることに帰するのである。そして、反面、被告幸太郎は思わぬことから所有建物を収去され、また被告幸四は永年にわたつて居住した建物からの退去を余儀なくされることになつて、原告ないしその夫である甲野弁護士の受ける満足に比べるとき、その受ける影響は極めて大といわなければならない。しかも、原告が本件(一)の土地を取得したのは昭和二三年のことであり、本件訴訟が最初に提起された昭和四〇年に至るまで、原告は被告幸四や前記小泉らの申入れにも格別の対処をすることなく、むしろ、その間は賃貸借を継続するかのごとき態度も示しつつ、一六、七年間を経過してきたことをも勘案するならば、原告の請求は、所有権に基づく建物収去土地明渡請求権を濫用するものと評するのが相当であつて、かかる権利の行使は許されないものといわなければならない。

従つて、被告両名の抗弁は理由がある。

五以上の次第であるから、原告の被告両名に対する請求、参加人の原告及び被告田村幸太郎に対する請求は、いずれも理由がないものとしてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九三条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(吉井直昭)

第一、第二物件目録、図面<省略>

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